永遠の愛なんて、言葉だけの睦言なのだと知っていたというのに。

現実なんて嫌と言うほど知り、経験もしてきたのに。

 

胸に湧き上がるこの切なさは一体何なのだろうか?

 

 

「私は…一体何を求めているのだろうな。…アンナ」

 

今は亡き、愛する妻に問い掛ける。

だが、冷たい石から帰ってくるのは寂しいくらいの静寂で。

 

 

日を負うごとに心を抉るような感覚に、気が狂いそうだった。

確かに何かを私は求めている。

だけど、それが何なのか解らない。

 

肉親の情ならば、ロイドがいるのに。

愛しているのは、この手にかけた妻だけだというのに。

 

そう何度も頭で反復する度に、身体が否定をしている。

確かに、家族を私は愛しているのに。

この身は『違う』と、告げるようで。

 

そして時折、夢を見る。

誰かと触れ合っている夢だ。

顔も姿も解らない。

なのに、あの手に触れられていると凄く安心する。

心に、何かが沸き上がってくる。

そして、それと同時にそれを手放した私がいることに気付き、涙が流れる。

どうして私は、それを手放したのだろうか?

それを考えると、怖かった。

 

まだ、色々と不安定なのかもしれない。

 

 

「ロイドー!遊びにきたよー!」

「お邪魔してもいいかしら?ロイド」

「ジーニアス!先生!」

久しぶりに逢う仲間に、ロイドは顔を輝かせて笑った。

「ロイド、随分と身長伸びたねー!僕も結構伸びたんだけど…まだまだかな?」

「俺に追いつくなんてあと5年は早いな!」

「そうよ、貴方達はまだ成長期なのだから。」

「ロイド、玄関で話をするのも何だ。茶の用意をしよう。」

奥から顔を出し、ロイドに提案する。

すると、二人は心底驚きを隠せない表情を出した。

「く、クラトスさん?!デリス・カーラーンにいったんじゃ…」

「……父さんは地上に残ったよ。後始末はユアンに任せた。」

「そう…なの。親子水入らずで暮らしてるというわけね。」

「そういうことになる…かな」

微笑むリフィルに、ロイドは曖昧に返事を返し、表情を僅かだが曇らせた。

私は、その瞬間酷く違和感を感じた。

 

私がデリス・カーラーンへ行くのを止めた理由は・・・・・・。

 

「クラトス、俺が昨日焼いた焼き菓子を用意してくれよ。茶は俺が出すからさ」

「あ、あぁ。解った…」

ロイドの声で、ハッと我に返る・

 

そうだ、私はこうしてロイドと親子の時間を望んでいた。

叶わぬ願いだと、思っていたから。

しかし何なのだろうか?

この胸に沸く違和感と衝動は。

 

 

「プレセアは今元気にきこりをやってるみたいだったよ!
ミズホの里とアルテスタさんの家へは定期的に顔を出してるみたい。」

「へぇ、皆結構元気にしてるんだな」

「うん。あ、リーガルもね、復興に全力投球してるって感じ。
もうすぐシルヴァラント領にもレザレノ・カンパニーの名が届きそうだね!」

あはは…と子供らしい笑いを浮かべながら、ジーニアスが皆の近況を語る。

「皆頑張ってるんだな〜…俺も、ちょこちょこエクスフィアの回収したりしてるけど…まだまだかな。
親父に細工の技術を学び
ながらやってるし。時間が足りねぇよ。」

よく、笑うロイド。

だが…いや、気のせいだろうか?

心此処に在らず、といった雰囲気だ。薄々リフィルもそれに感じ始めているらしい。

「ところでロイド……」

「何?先生。言っとくけどちゃんと勉強はしてるぜ?クラトスが見てくれて―――」

「ゼロスについて。何か聞いていなくて?」

 

「―――――」

 

ゼロス。

その名に、私は少なからず鼓動が跳ねたのを感じた。

酷く聞きたくなかったようで、とても愛しいような奇妙な感覚が渦巻く。

 

「あいつ?いや。どうしたんだ?」

平静を装いながら、ごくいつものように問い返すロイド。

「あ、何かね〜…この前メルトキオに行ったからついでに屋敷に行って来たんだけど…何か今
殆ど人と会わないんだって。変だよね、絶対。」

「あいつが?へー…。具合でも悪いんじゃねぇの?」

「うーん…どうだろ。執事さんは何も教えてくれなかったし…」

「神子としての残された仕事が忙しくて過労で体調不良でも起こしてるんじゃねぇの?
何、心配いらねーって。
あいつはちょっとやそっとじゃへこたれねーんだからよ」

そう言ってジーニアスの心配を飛ばそうと、笑うロイド。

だが、その笑みが表面上のものだと二人は気付いただろうか?

 

 

 

 

「…っ、ロイド…」

「父さん…」

その日の夜、ロイドはクラトスを求めた。

表面では、優しい言葉をかけ、甘い愛撫をしてくれているのに。

心はどこか苛ついているようで。

昼間、ジーニアス達が言っていた「ゼロス」という名を私が聞いたからだろうか?

その名が出た瞬間から、ロイドの内が急に冷えたから。

「父さん…俺だけを見て。…ずっと、俺だけ、を……」

焦り、だろうか。

今ロイドの中を走る激情の意味は。

口には出さなかったが、私はゼロスという人物に関する記憶が
消えている事に今日気付いた。そして、その名は自分にとってとても意味深い者だと、思った。

 

「ゼロス……」

 

情事を終え、ロイドが私の横で寝息を立て始めた頃。

月明かりに照らされた、伸ばした自分の腕を見ながら口にした名。

初めて呼んだ筈なのに、凄く懐かしくて愛しさが込みあがってくる。

 

「…ゼロス。」

 

何かの最後の一欠片のような、名。

私は一部の記憶だけを失っている。

それが何なのか、ロイドが思い出して欲しくないようだったから特に考えることはしなかった。
だが、完全に無くしてもいいと思えるようなレベルの喪失感じゃなかった。

私の記憶を司る小さなパズルの一欠片だというのに、パズル全てを塗り替えることのできるような
存在感があるのだ。

 

逢いたい、と思った。

 

 

 

 

「夜遅くに尋ねるのはやはり些か不躾だろうな…」

久々に天使化し、蒼い羽を広げて。

星が瞬く夜空を飛んだ。

冷えた空気が心地良い。

「確か、ジーニアスはメルトキオ…と言っていたな…」

クラトスはそう呟き、羽を揺らめかせた。

 

 

メルトキオへ最後に訪れたのはいつだろうか?

そんなことを思いながら、町の中へ降り立つ。

蒼い光の残滓がふわりと舞った。

コツ…と石畳に靴音が響く。

 

「………バラ、か…」

花の匂いを感じ、横へと視線を移すとそこには真っ赤な薔薇が咲き乱れていて。

あまり花の香りを嗜んだ事は無いというのに、とても嗅ぎ慣れた気分だった。

ふと、薔薇の一つを手にとる。

艶やかさを持つ、綺麗な紅。

何かを思い出させるようなその花の色に、クラトスは暫し目を離せなかった。

 

「クラトス!!」

名を、呼ばれるまで。

 

 

 

 

------------―――――――――――― 

単なる気分転換のつもりだった。

 

窓から眺められる星空が綺麗で、無性に目を惹きつけられていた。

「…………はぁ…」

赤い髪を掻き揚げながら、息をつく。

不意に、あの羽を思い出した。

何だか呼ばれてるような気がして、ゼロスは窓辺に立つ。

 

 

蒼い羽が………見えた。

 

 

「………クラ…トス?」

愛しい人の名が、口から漏れると同時に、ゼロスは窓から飛び出した。

同じ光の羽をその背に出して。

 

 

そして、蒼い羽の天使がその羽ばたきをやめた。

そこは闇夜と月明かりに映える、深紅の薔薇が咲く庭園だった。

 

――――――――――――

 

 

 

蒼の羽と、黄色の羽がの残滓が闇に溶けてなくなる。

 

「………」

「………」

お互い、何も語ろうとはしない。

何を、話し掛ければいいのか解らない。

言いたい言葉が喉を通って出てこない。

ただ、沈黙がその場の空気を包んだ。

 

「お前は…」

先に声を出したのはクラトス。

「お前が…『ゼロス』…か?」

!!?


問い掛けられた言葉に、ゼロスは愕然とする。


「な…に言ってんだよ…」


最後に互いを見たのは・・ほんの、いや、長過ぎるように感じた数ヶ月前の事なのに。

まるで、初めて会った時のような口振り。


「……すまない。私には…少しだけ何かが欠けているようなのだ。」


伏し目がちに、クラトスが申し訳なさそうに呟く。


「それが何なのか…思い出せない。他の者は覚えているのだ。
ロイドと一騎打ちをした事も、
この世界が救われた経緯も。全て。」

淡々と、呟く言葉に嘘はないとゼロスは悟る。

そして、彼の世界に『自分』だけが忘れられてしまった事実にゼロスは、

どうしようもなく胸が締め付けられ、衝動に身を任せてクラトスの身体を抱き締めた。


「………っ!」

驚き、目を見開くクラトス。

だが、拒絶の意思はなく、何も映さない表情で俯くままだった。

反応がないクラトスを、ゼロスはきつく目を閉じ、強く抱き締める。

 

泣きたい。

その気持ちを抑えるために。

 

「……どうしてだろうか」

流れた沈黙の中、ぽつりとクラトスが呟き、ゆっくりと身体を離して互いの顔を見詰める。

 

「何故だか…お前がそんな顔をするのが辛い…。」

消え入りそうな声で言って、くしゃ・・と悲しみに顔を歪める天使。

 

あぁ。

クラトスだ。

心底愛した、彼だ。

 

悲しさと愛しさが入り混じり、言い様もない感情に心は支配され、

ゼロスの目には涙が溢れてきた。

静かに、ぼろぼろと零れ落ちる滴を、クラトスは切なげに見詰めながら。

ゼロスの頬にそっと指を滑らせその滴を拭う。


「お前は、一体私の何だったのだ?…何故、お前の涙を見ると…こんなにも辛い?…何故……」


ゼロスはそっとクラトスの頬を両手で包む。

触れ合った場所が、とても、とても愛しい。

 

求めていた、熱。

探していた・・・・愛しい存在。

愛しさと、悲しさ。

湧き上がっては酷く掻き乱される心。

 

 

「……んっ…」

強く重ねられる唇と、激しく自分を求めてくる舌先の愛撫。

冷えた空気の中に吐き出される熱い吐息が、白くなっては闇に消える。

互いに、言葉に出来ない程にザワザワと身体の内から掻き乱される感覚を

ぶつけるように口付けを繰り返した。


「っは、ぁ…んぅ…」


静寂に包まれた中で、聞こえるのは互いの鼓動と濡れた水音。


「……っふ…ぅ、っく…」


そして、唇の隙間から零れ落ちた嗚咽。

子供のように顔をぐしゃぐしゃにして、ぼろぼろと涙を流して。

クラトスはゼロスの唇に何度も口付けをする。


「わ、た…し…は……ずっと、お前を探していた…」


まるで、暗闇の中を模索するような恐怖に怯えながら。

それでも、失ったものを取り戻したくて。


「私は…私は…っ!
!!


溢れ出る涙を拭いもせず、クラトスは自分の内に沸きあがってくる感情を口にする。

言葉にもなっていないそれを、ゼロスは愛しげにクラトスの涙を拭いながら聞く。


「…ごめんな?…アンタを一人にして…」

 

『一人』の寂しさは、痛いほど知っていたのに。

 

「ゼ…ロス…ッ」

ひっく…と嗚咽を止められないでいるクラトスに、ゼロスはそれをあやすように頬や目元、そして
額へ口付けを降らせていく。

 

 

「もう…一人にしないから。」

 

雪が一片・・空から舞い落ちる。

 

「もう…悲しませないから」

 

小さな白いソレが、クラトスの頬に落ちて、溶けた。

 

「だから……」

 

クラトスの瞳に、泣きじゃくる紅い髪をした小さな子供の姿が映る。

 

『  ヒトリニシナイデ。 』

 

そう、泣き叫ぶ哀れな子供。

あの涙を、知っている気がする。

あの子供を、自分は知っている。

 

 

 

「もう……俺を一人にしないで…」

 

ゼロスの言葉に、クラトスは一瞬だけ目を見開いて。

その意識を・・遠退かせた。

 

 

 

+++++

 

「……本当に、忘れたのかよ?」

「あぁ。…覚えていない。」

布団の中で、上体だけを起こした体勢でベッドの側に椅子を持ってきて座っているゼロスにクラトスは
平静そのものといった様子で静かに話す。


「私だって信じられないのだぞ?…数ヶ月、何をしていたのかがわからないなんて」

 

目が覚めて。

クラトスは『眠った』後の記憶がないと語った。

そして、『眠る』前の記憶も、ぼやけたままだと。

 

「……酷く…長い時間眠っていたような気がする…。頭が痛い…」

ぐったりとした面持ちで言いながら、上体をベッドへと倒す。

「逆に俺サマは眠いっての……」

更にぐったりとした面持ちでゼロスもクラトスが寝ているベッドへと顔を埋める。

そんなゼロスの頭を撫でながら、クラトスが薄く微笑む。

「ならば、共に眠るか?……ゼロス」

 

温かい、愛しいヒトの体温。

 

「……ん。」

短く返事をし、ゼロスはもそもそとベッドへ入る。

堪らなく、愛しい時間とはこういう何気ない時の中での触れ合いなのかもしれない。

 

「天使サマ、温かいね〜」

布団に収まり、互いに向き合う体勢を取る。

「…そうか?私より、お前の方が体温は高いと思うのだが…」

優しく抱き締められながら、クラトスが言う。

「………そうじゃなくて…あぁ、もういいや。…俺サマ眠い。」

「…そうだな。私も…眠くなってきた。」

互いの体温が、互いを温める。

 

心地良い、まどろみの中。

 

 

「愛してる…」

 

 

と、互いに囁く。

 

 

幸せな、眠り。
もう二度と離さないと、繋がれた手。


はい、おわり!!(涙)
もう・・パソ子の不調で一度消えてるんですよ・・この話!!
消える前の方がもっと終わりも綺麗に纏めてあったから歯痒いったらありゃしない!
何気にこの話のロイドの存在意義を消してしまってる辺り、最悪ですよ・・orz
ぶっちゃけ父さん、記憶消えてる間の記憶あった設定だったんですよ・・!
で、ロイドと話すシーンとかあったのに・・!パソコンのフリーズって恐ろしい・・!!(涙)

まぁ、そんなこんなで歯痒い出来の結果になってしまいましたが
これにて『眠り姫 』簡潔ですー;;

それでわ、読んで下さって有難う御座いましたv