昔から、感情は薄い方だと言われてきた。
屍が地を覆う場所で、血塗られた剣を振るっては他者の生を奪って。
始めは嫌悪してはいたが慣れれば淡々としたもので。
そんな自分が変われたのは・・仲間を見付け、自分の感情を知ったからだろうか。
そして経験を重ね、愛するという感情をも知った。
それを失う悲しさも。
だから、私は戸惑っていたのかもしれない。
感情が色濃くなるにつれ、沸き上がる新たな感情に少なからず畏怖していたのだろう。
私はその恐怖に負けたのだ
「・・父さん?」
自室へ入り、ロイドはいつもと違う風景に目を丸くした。
「…父さんっ?!」
再度、声を強くして呼ぶ。
目の前には無反応のまま、静かにバルコニーに立つクラトス。
いつ目覚めたのか、体は大丈夫なのか、問いたい言葉が口からでない。
自分が知っているクラトスとはあまりにかけ離れた存在感を感じたから。
呼んでも振り返らない。
何の反応を示さない。
まるで、そこにロイドの存在はないとばかりに。
クラトスは空を眺めたまま、静かに蒼い羽根をその背に広げた。
透き通り、光の粒子を撒く羽根。
クラトスは何の感情も映さない表情のまま、ふ・・と羽根を揺らめかせて宙にその体を浮かせた。
「クラ…ッ父さん!」
我に返り、咄嗟に呼び止めるがクラトスは先程と同じように、ロイドの存在に気付かないと言わんばかりに手が届かない高さまで宙に浮いていく。
そして、何事もなかったように飛び去っていった。
「・・っく・・・!」
ロイドは直ぐ様階下へ駆け下り、ウィングパックを手にして外へ飛び出した。
早くしなければ見失う。
だが、それ以上に拭いきれない不安が沸き上がってきて仕方なかった。
クラトスが下りたったのはテセアラ領にある名も知らない小さな町だった。
普段の彼とは違い、辺りを詮索するように見回している。
そして、酒場へと足を運んだ。
陽も未だ沈みきってはいない時刻だと言うのに、店内は喧騒と酒の匂いに包まれていた。
「くそっ・・クラトス!」
この街に降り立ったのは確かに見たが、街から離れた位置に着陸している間に見失った。
「クラトス!」
声をあげ、その姿を探す。
今日は祭りか何かあるのだろうか?
道々は人で溢れ返り、思うように前へ進めない。
だが、ふ・・と見慣れた赤を視界に捉えた。
ゼロスのそれと比べ、派手ではない、鳶色の髪。
・・どこへいくのだろうか。
「ちょ、通してくれ・・!」
人込みを掻き分け、なんとか道の端に逃れる。
「あ・・・・・」
そして偶然にもクラトスを見つけた。
「クラト―・・・・」
手を伸ばし、彼を呼ぶ。
だが。
クラトスは、一瞥しただけでロイドの存在を気にも止めずに、供にいた見知らぬ男と唇をあわせていた。
「クラトス・・?!」
衝撃的、だった。
しなやかな動作で男を誘うクラトスなんて。
いや、それ以前に息子である自分の目の前でするなんて。
這い回り始める男達の手に、クラトスはぼんやりとした面持ちでそれをみている。
「や・・・めろ!」
ロイドは剣を抜き、男達に向けて威嚇した。
「うわっ・・!?」
それに驚き、奴らは怯んだ。
「クラトスに・・触るな!」
怒気を孕んだ声色で言うと、男達は困惑したように眉を寄せ、
「おいおい。誘ってきたのはコイツからだぜ?!」
と言葉を返してきた。
「煩ぇ!いいから父さんから手を離せよ!」
言って、ロイドはクラトスの腕を掴み、思い切り引き寄せた。
「・・帰るぞ!」
そう言い放ち、強引にクラトスの手を引いて走る。
背中越しに聞こえる声はすべて無視して。
そんな出来事が、この日から一週間以内に3回も起きた。
「どうしたんだよ・・クラトス!」
苛立ちを感じながら、ロイドが問い詰める。
一体何がしたいのか、それが解らなくてロイドは焦れた。
「・・・・・・」
しかし、クラトスはただ黙ってどこかを見ているだけで。
「父さん・・・」
眠りから覚めてから、様子がおかしくなることは度々起こった。
いつもより少しぼぅっとする回数が増え、ふらりとどこかへ行く。
後は、以前のクラトスと変わらない。
「・・・・・・・・何か、足りないのだ・・」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉に、ロイドは何のことだか解らなかった。
「こうして、普通に暮らしていて・・・何かが足りないのだ。とても、大事な何かが・・・」
欠落している。とクラトスは告げた。
「手を伸ばせば掴めたはずの何か、や、ずっと傍にあった何かが何なのか・・解らない」
いいながら、クラトスの手は何かを掴みたいのか、手をひらひらと虚空に動いていた。
まるで、常に傍にあった何かを求めようと。
「――――っ・・!!」
ロイドはそれが何なのかに気付き、言いようのない感覚に襲われた。
クラトスが求めているのはゼロスだ。
心が病んで、その痛みから逃れる為に離れようとしても・・身体はゼロスを覚えている。
傍に彼がいないことが、欠落した感覚になっているのだろう。
そして、無意識の内にそれを追い求め、探していたのかもしれない。
「・・・・・・何を・・私は無くしたのだろうか・・?とても大事なもの・・まるで、
私の一部を無くしたのような気分なのだ。」
呟きながら、クラトスはロイドの首に下がっているペンダントに触れる。
クラトスがロイドに譲った大事な写真が入ったペンダント。
これが昔、クラトスにとって大事なものだった。
だが、『これではない』と感じているのか、クラトスは悲しげに目を細めて指に絡めていた
ペンダントの鎖を手離した。
見て居たくない。
あんなに傷ついて、あんなに苦しんで。
生きる事を放棄しかけて、眠りにまでついたのに。
記憶を無くして、尚もクラトスはゼロスのことばかりを求めている。
「・・・・・・・・っ!!クラトス!」
湧き上がるこの気持ちは何なのか。
言い表せないくらい、激しくて荒々しい感情。
ロイドはクラトスを掻き抱き、その唇に強く、自分の唇を重ねた。
クラトスは驚きに目を見開き、多少抵抗した。
だが、すればするほど強さが増していくロイドの腕と唇から感じ取れる思いの強さに、
いつしか抵抗することを止め、静かにそれを受け入れていた。
そのまま、感情の流れるまま。
ロイドはクラトスを抱いた。
まるで、駄々を捏ねる子供みたいに、感情に身を任せ、泣きながら。
何度も、クラトスの名を呼びながら。
クラトスは何も言わず、その腕に抱かれた。
我が子が泣いている。
それをあやしたいのに、その方法がこれ以外解らなかった。
そんなクラトスの心に気付いていたのか。
ロイドは決してクラトスに自分の想いを伝えることは口にしなかった。
+++++
「ゼロス様、今年の誕生日は如何なさいますか?」
億劫な気分でソファーに身を沈めていると、セバスチャンがそう声を掛けてきた。
「……パス。俺サマ、今はなんも考えたくないんだよ。…それに祝ったってしゃーねぇだろ?」
言いながら、立ち上がり、室内を意味もなく歩いた。
元々から広い部屋だったが、ここ1・2ヶ月程はもっと広く感じる。
その理由は、誰も口にしない。
「……さしでがましいようですが、ゼロス様。少しお休みになられては如何ですか?」
言われた言葉に、ゼロスは目線だけを送る。
そしてすぐ目線は天井に向け、ぼんやりとした面持ちで
「いんや。どーせ床に入ったって寝れないからいい。」
「しかし・・・。」
「俺サマの分まで天使サマが寝てくれてるからいーの。」
そう言って、『うひゃひゃ・・』といつものような笑い声をあげてみせた。
だが、どこか乾いたような笑い声なのは明らかで。
いつも傍に居て、常に互いの事しかなかったのに。
それが消えた今は、何だか寒いような気分で。
失ったものは、自分の体温をも奪っていったような感覚だった。
「寒ぃ・・・」
心も、身体も。
『寒いのならば、近くに寄るといい。私の体温は低いが…寄りそっていれば多少は違うだろう?』
優しい言葉と優しい手を差し伸べられ、『俺』を温めてくれたヒト。
『女性との関係は控えた方がいい。…後々面倒事に……』
うん。そうするから、サ。
戻ってきてよ。俺サマの傍、今誰もいないから寒いんだ。
『眠れないのなら…眠れるまで傍に居よう。お前は昔から十分に眠れる日なんてなかったのだろう?』
眠ったら、永遠の眠りにつく危険があったから。
でも、アンタが俺サマの傍に居てくれた時は…ぐっすり寝れる。
落ち着くんだよ。アンタの傍は。
『お前が眠る間は、私は起きていよう。だから、安心して寝るといい』
そう、言ってくれたから。
今はアンタが寝てるんだろ?
なら、俺は起きてるよ。
アンタにも、安心して寝ていて欲しいから。
一人は寒い。
二人は温かい。
抱き締めて欲しいなんて我侭言わないから。
だから、せめて傍にいて欲しい。
アンタが寂しがっていたのも知ってる。
俺が、眠れないことも知ってて、心配していてくれたのも。
なのに、俺は早く神子という立場を消したくて焦っていたんだ。
そしてそれは同時に、辛ければ辛いほどに。
アンタも苦しめていたんだ。
俺が逃れようとする枷。
雁字搦めにしたのは他でもない、アンタ達だったから。
その罪が、アンタを傷つけて血を流していたのに。
お互いを慰め、お互いが、傷つけ合う。
どちらかが壊れない限り、どちらかが救われない関係なのかもしれない。
愛し愛されることが、こんなにも辛いものだなんて。
「やっぱ…愛なんて甘いモンじゃねーな…」
ゼロスはぽつりと呟いて、窓から空を見上げた。
今日も晴れ間は見えない。
今夜も星空を見ることができないだろう。
すっげ微妙ですね!;
かなり長くなってしまいましたので後編は1・2で区切ります;
というか終わらせ方を若干当初考えていた展開とは違った風にしたいので・・・
ワケの解らん内容ですが、もう暫くお付き合いくださいませ(ペコリ)
それでは、読んで下さって有難う御座いました★