偶然、だったのかもしれない。

 

それは静かに眠っていた。

 

 

 

「・・・クラトス・・?」

陽だまり陽光の中、クラトスは静かに眠っていた。

樹に寄り掛かり、まるで昼寝をしているかのように。

だが、傍まで歩み寄ると、その身体には暴走した大樹の一部がグロテスクに
クラトスの身体と同化していて。

どこまでがクラトスで、どこからが大樹の枝なのかが解らない程に。

「・・・クラトス!・・・大丈夫かっ!!?」

ロイドは必死にクラトスを揺さぶり、その名を強く呼んだ。

だが、全く目を開ける気配がしない。

 

息はしている。

だけど、反応が無い。

 

これは夢ではないのか、とか

もしかしたら大樹やモンスターが見せる幻覚ではないのか、とも思った。

だが、人よりも少しだけ低めの体温。

腰に下げたフランベルジュ。

そして、首に下げたペンダントが本人と証明している。

 

「クラ・・トス・・」

死んではいない。

だが、生きている感じもしない。

人間ではなく、天使化・・・無機生命体としてここに眠っているようだった。

 

「離れろ・・!離れろよ!!」

そうこう考えている間にも、大樹はクラトスを取り込もうとしていた。

細い枝をクラトスの身体に張り巡らし、まるで侵食していくかのように。

「畜生・・・!!何だってんだこの枝・・・!」

皮膚のすぐ真下で侵食をしているが為に、無理矢理引き剥がすことなど出来ない。

手首や足の膝辺りまで、もうクラトスの身体は枝と同化していた。

「痛く・・ないのかよ・・」

まるで全身に張り巡らされた血管内を通っているかのような枝。

見ているだけでもゾッとするような痛々しい光景だと言うのに、クラトスは眠り続けたままだった。

「!そうだ!しいなにこの大樹を・・!」

大樹の暴走を止めた精霊たちのマナの力で、救えるかもしれない。

ロイドはすぐレアバードに乗り、テセアラにあるミズホの里へと飛んだ。

 

 



++++

ずっと、夢を見ている。

 

捨てられていく、幸せだった頃の思い出。

幸せでも、捨てきれない思い出は見ない。

 

見た夢の殆どは、ゼロスと過ごした日々の事。

二人で何気ない会話をしては笑い合い、優しく抱きしめられてはキスをくれた。

『愛してる』と言うゼロスの声が、何度も頭に反響しては消えていく。

すり抜けて行くような感覚。

消えていく、思い出たち。

 

あぁ、そうか。

私はゼロスを消そうとしているんだ。

 

愛した分だけ、ゼロスへの想いは消え去っていく。

 

 

愛しても、愛しても。

空回りするばかりで。

吐き気がするほど悩んで。

 

・・ゼロスを愛することが疲れたのかもしれない。

与えられる強い愛と、振り回される辛さに揺り動かされつづけて。

幸せを感じた分だけ、心に落ちる辛さは強まる一方で。

 

愛したい。

愛されたい。

それだけを考えて生きられればどれだけ幸せだろうか。

嘘の愛でもいい。

何も考えられなくなるくらい、狂ってしまいたい。

 

 


+++++

「駄目だよ・・大樹は引き剥がせたってのに・・・目を覚まさない。」

草の上に寝かせられているクラトスを見ながら、しいなは悔しげにそう言った。

「マナが減っているのか?」

ロイドが問うと、しいなは軽く首を横に振った。

「いや、そういう感じじゃないみたい。・・本当に眠っている。そんな感じだよ」

目を覚まさないけれど、としいなは付け足した。

「そんな・・・どうすれば・・・」

『契約者よ。その者は目を覚まさない。・・希望を失っているのだ。』

「オリジン!」

不意に、聞こえた声に、しいなはその名を呼んだ。

すると、声の主である精霊・オリジンは姿を現した。

「・・どういうことなんだ?」

ロイドが訝しげに問うと、オリジンはクラトスの額に手を触れた。

『無くしたい記憶を、思いを消したい。その思いが強すぎて、自己暗示にかかっているようだ。』

「なくしたい・・記憶?」

『その記憶やその時に感じた思いを全て消え去ってしまわない限り、
この者は目を覚まさないだろう。』

「なんでだよ!クラトスは・・どんなに辛い時も・・乗り越えて生きてきたんだ!
・・それなのに・・忘れて生きることなんて・・」

『弱ってしまった人の心は、少しの綻びからでも容易に精神を狂わせる。
そして立ち直ろうと足掻く事さえも・・この者には苦痛なのだろう』

「そんな・・・・」

『目覚めを待つしか手立てはない。その間、マナは減りその者は衰弱するだろう。
目覚めるまでは・・私がマナを供給してやろう。』

「有難う、オリジン!」

しいながそうお礼を言うと、オリジンは姿を消した。

「目覚め・・か。」

ロイドは小さく呟き、クラトスの前髪に軽く触れた。

「何があったんだよ・・父さん・・・」

問い掛けても、クラトスは眠ったままだった。

 

+++++

 

「・・・・どーゆーことだよ、ロイド」

「言った通りだ。・・父さんには会わせない。」

強い拒絶の目でゼロスを見詰めながら、ロイドは扉の前に立ち、塞いだ。

「ゼロス。俺はお前を信じて父さんを預けた。だけど・・父さんは・・。」

「天使サマが・・どうしたんだよ。いいから会わせろ、ロイド!」

力付くで押し通ろうとするも、同等の力を持つロイドに阻まれる。

「俺サマにもワケわかんねーんだよ!急に夜中居なくなって・・で、探しに探してここに
来てみれば・・面会謝絶だと!?」

「俺だって知るかよ!ただ、俺が父さんを見つけた時は・・もう・・・」

「もう・・何だよ。怪我でもしてる・・・のか?」

問うと、ロイドは俯き、『違う』と強く首を横に振った。

「目を・・覚まさないんだ。死んではいない。けど・・・何をしても・・・眠ったままなんだよ!」

「目を・・・・・覚まさない?」

ロイドの言葉に、ゼロスは絶句した。

そして、拳を強く握り、歯軋りが鳴ったかと思うと、突然ゼロスがロイドを
押し退けて二階へと走った。

「ゼロス!!」

必死に手を伸ばすが、あと少しのところで届かない。

ゼロスは階段を駆け上がり、ロイドの部屋へと足を踏み入れた。

 

「・・・・・・クラトス・・・?」

 

真っ白で清潔なシーツに身を沈め、程好い陽光に包まれて眠るクラトス。

今までの言い争いが嘘のような静かな寝息に、そして穏やかな寝顔。

昼寝でもしてるようなその姿。

 

だが。

 

「・・・・・・どうしたってんだよ・・・クラトスは…」

戦慄き、震えたような声を上げるゼロス。

視覚的には『寝ている』だけなのに。

感じる違和感はどうしても拭い切れないものだった。

 

本当に『眠っている』クラトス。

まるで、それは『永遠の眠り』のようで。

 

 

「・・・・・俺が見つけた時はもう眠っていた。大樹に全身を侵され、
取り込まれようとしていたんだ。」

言葉を失っているゼロスの後ろで、ロイドが重々しく口を開いた。

「しいなを呼んで大樹は引き剥がせた。・・だけど、クラトスは眠りから覚めない。」

一字一句、悲痛そうに語るロイド。

どう見ても、嘘を言ってるようにはみえず、ゼロスはただ黙って聞いた。

 

「・・・・・・・・・父さんはきっと疲れてるだけだと思う。だから・・・暫くうちで療養
させるつもりだ。何が原因でこうなったのか解らない。だから、お前には預けない。」

ロイドは強い口調ではっきりとそう言った。

オリジンの言葉を隠したまま。

「・・・・・・悪ぃ。・・俺も今回の事ばかりはお前を許せそうに無い。だから・・帰ってくれ。」

そう言って、ロイドは拳を堅く握り締め、俯いた。

 

 



+++++

 

月明かりに照らされただけの薄暗い部屋の中。

ロイドは一人、ただずっとクラトスを見詰めていた。

 

寝顔はいつもと同じなのに。

寝息も穏やかなのに。

あれから8日たった今でもクラトスは目覚めない。

それ程までに強くクラトスの心を独占していた『記憶』と『想い』に酷く嫉妬していた。

いつだって、ロイドの心にはクラトスが居たのに。

クラトスの心にも自分はいる筈なのに。

・・・・・こんなにもクラトスの傍に・・自分はいるのに。

 

それよりも、クラトスの心には他の『何か』があるのだ。

 

こんなになるまで苦しむ程に、それは強い思いなのだろう。

 

「クラトス・・・・」

 

ずっと。

ずっと好きだった。

初めて会ったときから、クラトスが父親だと知ったその時も。

変わらず自分はクラトスがずっと好きだったというのに。

クラトスの心には自分が強く根付いてると思っていたのに。

 

クラトスはゼロスと共に暮らすことを望んだのだ。

 

愛していたから、自分はそれを止めなかった。

クラトスにはもう辛い思いをさせたくない、全てが終わった今からは幸せであって欲しいと
願ったから・・・自分はこの想いを隠したというのに。

 

 

その結果、こんな現実が待っていたなんて。

 

 

「父さん・・・・」

頬に触れ、感じるのは暖かい体温。

「起きて・・・起きてよ、父さん・・・」

何度も揺さぶり、声を掛ける。

だが、返ってくるのは悲しいくらいの静寂。

「・・クラトス・・・・」

ロイドはクラトスの頬を両手で包み込み、目の前に見えるその唇に自分の唇を重ねた。

初めて感じた薄く、柔らかなクラトスの唇の感触。

ずっとずっと・・クラトスとキスがしたかった。

でも、それはこんな場面じゃない。

 

「愛してる。・・クラトス・・・」

虚しさを振り切るように、ロイドはもう一度クラトスに口付けた。

今度は深く、まるで恋人にするかのように。

 

 

 

 

 

 

 

クラトスの指が動いたような、気がした。


眠り姫中編ですー;
なんというか・・・3話で終わらなさそうな感じ抜群ですね!;;
とりあえず、あと一話で終わらせるべく、今回はえちシーンはカットします;
気が向いたら裏でという形で;;

それでわ、読んで下さって有難う御座いました