救いの塔が見える。
どっちの世界に行っても見える忌まわしき建物。
俺の命を終わらせるであろう場所。
俺の・・・・・・墓場。
「それじゃあアルテスタの容態を見てからミトスのとこに殴り込みに行くか!」
ロイドは皆を、いや自分をも励ますようにわざとらしく明るく振舞った。
いつもは俺サマの役目なんだけれど・・・恐らく今そんなことをしたらそれは空回りしておかしくなってしまうだろう。
適当に相槌を打って、はしゃぐフリをする。
それだけで、十分だ。
俺はこいつ等の記憶の中では道化でいい。
無駄に笑いを振り撒いて、口煩いくらいにはしゃいで、馬鹿を見る男。
それでいいんだ。
それ以上の存在にはなりたくはないし、そうなるつもりもない。
死んでも、ただの思い出の中の片隅にでも残っていれば上等だ。
それだけの価値でいい。
裏切った代償がそれだけで済むなら、何だっていい。
どうせ死に行く命なんだ。
最後に派手に馬鹿やってもいいだろ?
…………なぁ、ロイド?
+++++
足下にはおぞましいまでの、屍達。
永遠に、この塔から出る事のない・・哀れで滑稽な神子達の姿だ。
さぁ、始まる。
俺サマの最後の舞台だ。
派手に…いこうか。
「ゼロス!裏切るのか!!?」
俺サマを見詰めるロイドの、歪み始めた瞳を…同じように見詰める。
胸はこんなにも張り裂けそうで痛いのに。
今すぐこんな馬鹿なことを止めて、否定の言葉を吐き出したいのに。
変なとこでいつも勇気がでなくて…決まったシナリオに沿って役を演じてしまう自分。
滑稽だと、思う。
クルシスなんて下らない奴等に諂う自分を。
吐き気がする。
結局、何も生き方を返られずに縛られたままの自分に。
もう道化は嫌なんだ。
観客はいつも俺を見はしないんだから。
誰かが俺に振り向くのは一瞬だけ。
お前は他の奴等よりも、ほんの…少しだけ俺を見てくれた時間が長かっただけなんだ。
…………それだけなんだ。
あぁ、嫌で仕方ない。
何も考えずに道化を演じきれていればこんな思いに苦しむ事もなかったのに。
背に羽を生やし、剣を構える。
俺サマの演じた劇の終幕は、もうすぐ。
終わりを告げてくれるベルの音を奏でるのは、他ならぬロイドの剣。
ホラ、何を躊躇ってるんだ。
早く刺せよ。
お前がそんなだから他の仲間達も躊躇ってしまうだろ?
『まだ、ゼロスが戻ってきてくれる』って、無駄な期待をしてしまうだろ?
閉演間際の舞台に、道化を引き止めるつもりなんだ。コイツ等は。
それが出来るわけないと知っていながらそうしようとするのは酷じゃねぇ?
あとどれだけ長い時間、俺サマに道化を演じ続けろって言うんだ。
くるくると踊らせて、馬鹿みたいなことをさせて、終わりを見せないなんて。
「ロイド!どうした?『ゼロスは仲間だ、だから倒せない』なんて下らない考えは捨てねぇと
本気でやばいんじゃねぇの!?……瞬迅剣!」
鋭い突きを、詠唱中のリフィルに当てる。
「!ゼロス!!!」
「ロイド!これくらいの傷はいつものことです!…貴方は戦闘に集中しなさい!!」
やっと俺サマが本気だって事を理解したみたいだ。
ホーント、ロイド君ってば頭悪いのな。
リフィル様から流れる血の量で理解しても遅いんじゃねぇの?
ははっ・・・・・ロイドらしくて泣けてきそうだ。
こんなことならあんまりアイツに『俺』を見せなきゃよかったなぁ…
お陰で戦い難いったらありゃしねぇ。
あぁ、でもようやく終わりが見えてきた。
うへぇ、天使化しててあんま気が付かなかったけど俺サマ、案外怪我してたのな。
服も身体も自分の血でべとべとじゃねぇか。
髪も血が滴って…って、それは『あの日』からか。
ずっと赤い雪を浴びてきた俺サマにとっては血なんていつものことだ。
でも内臓とか骨とか剥き出しでも動けたら気色悪いよなぁ〜…。
早く俺の幕を降ろしてくれよ、ロイド。
次の幕が控えてるんだ。
俺の幕を降ろさなければ次へは進めないんだ。
なぁ、まだその剣で俺を貫かないのか?
いい加減、俺サマ疲れてきたんだけど。
それとも、まだ無い希望なんて抱いてそれを捨てきれないでいるのか?
そんなモン、後生大事に持ってても意味無いんだぜ?
使用期限はとっくに切れてる。
だから、なぁ・・…ロイド…
……………早く俺を殺せよ!!!!!!!!!
+++++++
あれ?
身体が思うように動かない。
…………
………そうか、ロイドが…。
腹部に刺さった剣を見て、理解した。
感覚なんてモノはないから、痛みも感じない。
あっという間に身体が重くなって、呼吸がし難いというだけ。
「……ゼロス・…」
…ロイド。
はは…っ、何て顔してんだよ。
俺サマの血とか、お前の涙とかでぐちゃぐちゃだぜ?
そういや俺、お前の眉が歪むところって怒った時とかしか見たことねぇな。
………今、情けない位に思いっきり眉間に皺寄せてるぜ?
あ〜、あ〜・・男の癖に皆の前で泣くなよ。
お前が泣くと皆もしんみりしちまうだろ?
俺サマのことなんていいからさ、行けよ。
コレットちゃん、助けてやれよ。
口ではそう言うけど…本当は行って欲しくない。
こんな所で朽ち果てたくない。
もっと、ずっと…皆と・・ロイドと一緒にいたい。
死にたくない。
お前等が良過ぎたんだ。
もっといけ好かない奴等だったらよかったのに。
なんでこんなに俺サマを掻き乱すんだよ。
死ぬつもりで腹括ったってのに、何で後悔させるんだよ。
哀れむような目で見るなよ。
俺はそんな終幕を望んじゃいない。
本当ならもっとずっと舞台の上に居たかった。
どんなに滑稽でもいい。どんなにくだらなくてもいい。
俺はどんな役でもいいから、お前と一緒に居たかったんだ…
「…………ゼロス…!!」
名前を呼ぶなよ。
もう忘れろ。
じゃないと・・俺が苦しい。
お前を苦しめてしまうんだ。
早く・・行けよ。
お前なんて、大嫌いだ。
何度も俺を惑わし、苦しませたお前なんて。
それでも………好きだ。
道化が演じた舞台は、決してハッピーエンドに行くわけもなく。
ただ、観客の心に僅かな余韻を与えるだけでいいんだ。
仮面の下の心を、気付かせる事もしないで。