My dear baby, <後>


「・・・・・・・貴族は俺サマが責任もって処分する。
流石に、
俺サマはいいとしても相手の立場的に暴力沙汰はやばいんでな。」

どうやら依頼人はそれなりに地位の高い貴族だったのか、ゼロスは飄々としながらも
どことなく重い口調で言うと、
ロイドは頷き、そしてクラトスを見た。


「あの子は・・どうする?」

ロイドがクラトスに問い掛ける。
一番、あの赤子に懐かれ、世話をしていたのはクラトスだ。
自分たちよりも一番思い入れも強い。

「・・・・・・私達は危険な旅をしている。誰かに預けねば・・ならないだろうな」

どこに?と三人はそれぞれ自分に問い掛ける。
普通の人間ならば預けることは容易だ。
孤児院か修道院に預ければいい。

だが、あの赤子はハーフエルフだ。
このご時世では引き取り手はおろか、引き取られたとしても種族の虐待を受けないか
どうか解ったもんじゃない。


「俺の親父に・・ダイク親父に預かって貰おうか?」

「いや、ダイク殿にそこまでしていただく訳にもいくまい。」

「セレスのとこは・・・難しいか・・やっぱ」

「うーん・・・一度皆のとこへ戻ろうか。それから考えようぜ」

そう、ロイドが提案し、三人は仲間が待つ宿へと歩を進める事にした。

 


「・・・・え?見つかった?」

「えぇ、つい一時間ほど前に。」

宿へ戻ると、ずっとフロントで待っていたのか、リフィルが三人にそう告げた。

「あの子の母親の妹さんがあの子を引き取る事になってたらしいんだけど…引き取りに
来る前に姉は殺され、赤子は捨てられたと聞いて
ずっとあの子の事を探していたそうなの。」

「・・・そう、なんだ・・・・」

気が抜けたように声に力の入っていない返事をするロイドに、
リフィルは
少し悲しげに苦笑する。

「・・別れが来るのは仕方のない事だわ。私達もずっとあの子の面倒を見切れるという
確証もなかったことだし・・・」

「あ、いや・・別に残念とか思ってるわけじゃねぇよ・・ただ・・」

「・・・・・大丈夫よ。引き取る時にその妹さんは涙を流しながら嬉しそうに微笑んで
いたから…悪い人ではないわ。」

ロイドを安心させるように、リフィルは優しくロイドの頭を撫でながら言った。


ロイドを慰めているが、恐らくリフィルも寂しいのだろう。

いつもとは違ってどこか哀愁のような雰囲気が漂う笑みで。
ロイドはそんなリフィルを見て、それ以上は何も言えなかった。



* * *

夜。

クラトスはニ・三日ぶりに落ち着いてベットに横たわった。
赤子がいる時は夜鳴きなどでの仲間の睡眠の妨げを考慮して

散歩に出歩いたり赤子を抱きつづけていたりと、ずっと起きていたのだ。
元々、クラトスは天使として生きているのだから睡眠など特に必要もなかったし、何より
赤子はクラトスによく懐いていたからだった。

思えば、四六時中一緒に居たような気がする。

その、赤子独特の柔らかな温もりが消えた今、なんとも言えない喪失感をクラトスは感じていた。


「・・・・・・・・・・・ふぅ・・」

短く息を吐き、その感覚を忘れて睡眠を取ろうとする。
だが、突然鳴り響いたノック音に反応して身体を起こした。


「・・・どうした、こんな夜分に」

ドア越しにいる人物に予想がついているのか、クラトスはベットから降りずに尋ねた。

すると、静かにドアを開けながら、ロイドが顔を覗かせる。


「いや、何となく・・・な」

言い難そうに視線を泳がせながら、ロイドが答える。
クラトスは布団から出てベットに腰掛けると、ロイドもベットに腰掛けた。



「あの・・さ」

ロイドが話を切り出す。

「アンタ・・あの子がいなくなって寂しい・・だろ?今日あれからずっと元気ねぇし・・」

「・・それはお前の方だろう?」

ロイドの言葉に、クラトスはそう返した。

「まぁ、確かに俺も何というか・・心に少し穴が空いた気分だったけどさ…アンタは……
俺達よりもっと大きな穴が空いたんじゃないのか?」

言われた言葉に、クラトスは少しだけ言葉を失う。
もしかして、自分の過去の事をも考えての言葉なのだろうか、と思ったのだ。

今は目の前に居て、こうして話し掛けてくれているが、一度は妻とともに死んだと思い、
悲しみに生きることを放棄した時期があったのだ。

その時に心に空いた穴は、相当に大きなものだったのだとロイドは理解していたのだろう。
そして時間とともに『かさぶた』ができて傷跡となっていたものは、ロイドが生きていたことで
少なくとも多少は癒えていたのだ。

だが、あの赤子が居なくなった今、もしかしたらクラトスの『かさぶた』は
また血を滲ませているのかもしれないとロイドは思ったのだろう。

そんな息子の気持ちに気付き、クラトスは悲しげにだが、優しく微笑んだ。


「・・・私はあの子と幼き頃のお前を重ねていたのかもしれないな・・・」

ぽつりと口から漏れた言葉に、ロイドは「そっか・・」と相槌を打つ。
もうロイドは赤子ではないのだと頭では理解出来ていても、やはりクラトスの記憶にある
ロイドの時間は3歳のままで止まっていた。

今、目の前に居るロイドは紛れもなく愛する我が子だというのに、どうしても感情は
中々『理解』には追いつかない。

だから余計に、あの名も知らない赤子の世話を焼き、愛しく思っていたのだろう。
その存在がなくなった今、クラトスは言い様のない喪失感が湧き上がっていた。

 悲しげに瞼を伏せるクラトスに、ロイドもそんなクラトスに小さく苦笑する。

そしてそのまま優しくクラトスを抱き締めた。


「…アンタの子供は…俺はここに居る。もういきなり目の前から消えたり
することは
ねぇから。……な?」

まるで、泣いている者を慰める口調で言うロイドに、クラトスは本当に涙が出そうになった。

もう二度と、この温もりが感じられないのだと思っていたから。


「私は・・失っていなかったのだな・・」

 

この、柔らかな温もりを。

 「?」

「・・・フ・・・独り言だ・・」

呟いた言葉が聞こえなかったのか、首を傾げるロイドにクラトスは小さく笑う。

 

 

「俺さ、あの子を弟みたいに思ってたみたいなんだ」

隣で横たわるロイドが、ぽつりと呟く。
同じベットに二人で寝るのは些か窮屈ではあったが、互いの温もりは暖かだった。


「最初は何だかクラトスを・・父さんを取られたみたいな気分であんまり思わなかったけど…
居なくなってからそれに気付いた。」

天井を見ながら話すロイドを、クラトスは黙って見詰める。

「なんて言うか…やっぱ俺、あの子に嫉妬しててさ…面白くなかったんだよ。
クラトスは俺の父さんなんだぞーって思って。…まだまだ子供だよなぁ・・俺。」

へへ…っ、とロイドは子供のように歯を見せながら苦笑した。



「なぁ、変な事言うけどさ…」

「…何だ?」

「アンタ、もう再婚とかする気ねぇの?」

「…な…っ!?」

突然言われた言葉に、クラトスは驚きを隠せない。

「俺、もうでかいしさ、母さんもいないし…アンタ結構子供とか好きだろ?
誰か好きな人でも見つけて…また新しい家庭築いてもいいんじゃないかって思う。
多分母さんも許してくれると思うし。」

「何を馬鹿なことを…」

「でも……いや、悪い。馬鹿な事言って。」

そう言って、ロイドは左腕を額に乗せた。
ロイドも悪気があって言った言葉ではない。

だからクラトスは、今のロイドの発言に対して怒りや悲しみを感じる事はなかった。
反対に、クラトス自身のことについて気を使ってくれている我が子を愛しく思う。

「…私はもうそんなことをする気はない。今でもアンナを愛しているし……何よりお前はまだ
色々と子供だし未熟な点が多い。
未熟な子供の面倒を見るのは…親である私の仕事だろう?」

言いながら、クラトスはロイドの頭を優しく撫でる。
この世にたった一人の愛しい我が子だと言うように、優しく。

「・・・・・・・・・・・・」

すると、ロイドがもそもそと布団の中を動き、クラトスの懐に抱きついてきた。

「……ロイド?

その行動に、クラトスは少しばかり驚く。

「……別に俺がして貰いたいワケじゃねーけどよ…クラトス、あの子が居なくて寂しいんだろ?
…だから今夜だけ、あの子の代わりに抱き締められてやる。」

気恥ずかしいのか、それを隠すように口を尖らせながらロイドは強くクラトスの身体を抱き締めた。
普段は子供扱いされるのを嫌うロイドだったから、クラトスはそんなロイドの行動に一瞬、
目を丸くしたがクラトスはすぐに微笑んでその大きくなった身体を抱き締め返した。


「…そう言うことにしておいてやろう」

「……なんだよ、ソレ…」

ポンポンと軽く背を叩くクラトスに、ロイドは嬉しそうに苦笑した。

 

温かい、と感じながら。

 

世界にたった一人の、同じ血が通った者同士だからこそ感じる温かさなのだと
クラトスは思った。

 

 * * *

「・・・・フ・・・どうしたものか・・」

珍しく起床が遅いクラトスを起こしに来ていたリーガルが、その光景に思わず微笑む。

「ん〜?どーした??」

そんなリーガルに、ゼロスが顔を出す。
そして、リーガルが見た光景を見て、思わず同じように笑ってしまった。

「なるほどね・・・」

「起こすべきだろうか?」

「そんな気更々ないっしょ?・・・あと10分くらい、寝かせてやるか。」

微笑みながら言うリーガルに、ゼロスは笑いかけ、踵を返して廊下を歩いた。

「そうだな。・・・・たまには寝坊させても良いのかもしれん」

リーガルがそう言いながら閉めた部屋の中の光景は、クラトスとロイドが互いを抱き締めて
眠っている、微笑ましいものだった。

 



■■■■
たまにはこういった『親子』的な物を打ってほのぼのしたくなります。
ホラ、やっぱクラトスだって親ですから、父性だしてもいいと思うんですよ!(笑)
そんでもってロイド君にも嫉妬とかして欲しいんですよ!!ってゆーかロイドは
もし本当に弟か妹が出来たら時々こういう嫉妬しちゃうような気がしません?
子供だなぁ・・・(微笑)

それでは、読んで下さって有難う御座いました