■わがままな手(ピオニー←ギンジ) |
こんなことになるなら、一生気が付かなければ良かった。 オイラが密かに交流を持っている相手は、とんでもなく偉い人で。 本当なら、絶対会える筈も無かった相手。 会えただけで、凄く光栄な事だった。 憧れていたから、姿を見れただけでも舞い上がりそうな心を抑えるのに苦労した程に。 そして柄にも無く直立不動に近い状態までにオイラは緊張しきっていた。 そんなオイラを見て、この人は屈託の無い笑みを浮かべて。 「何硬くなってんだ〜?まぁ、一応俺は皇帝だけどな、別にそこまで緊張しなくたっていいんだぞ?」 くしゃりと、髪が擦れ合う音。 温かな温度と、心地よい重み。 ……撫でられた。 たったそれだけなのに。 こんなこと、周りの人からもされている事なのに。 何でだろう。 この上無いくらいの嬉しさが込み上げてきて、胸から溢れそうな感覚がした。 この日から、オイラの頭の大半はこの人が住み着いてしまった。 何をしていても、気になるのはマルクトの皇帝陛下。 あのピオニー陛下だ。 アルビオールに自動操縦の機能をつけて置いてよかった。 こんな調子じゃきっと蛇行運転になってしまう。 そしたら、アッシュさんから凄く怒られたんだろうな。 そんな下らない考えに小さく笑いながらも、頭にあるのは陛下の事ばかり。 何だろう、コレ。 わからないままで居るのは駄目な気がしたから、ノワールさんに聞いてみると 『あらん?…坊やも大人になったのね』 …と、短い言葉で返されて微笑まれた。 ふと、昔ノエルが読んでいた小説のタイトルを思い出す。 『貴方しか見えない』だったかな? 確か、恋愛小説。 「…。………へ?」 ソレに気付いた時の第一声が、こんな間抜けた声だったのは生涯の秘密だ。 厄介な事に、自覚すると更に気持ちに歯止めが掛けられなくなってきた。 会いたい、声が聞きたい、また撫でて欲しい。 普通に考えたらとんでもない我侭。 一般庶民、しかもキムラスカ人なのに、マルクトの皇帝陛下に会いたいだなんて。 戦争は終わったといえど、明らかに無理過ぎる願いだ。 日増しに想いは募り、それと同じくして自分に嫌悪する。 どうして、自分はこんなにも我侭になってしまったんだろう。 昔なら、すぐに諦めることなのに。 会いたい、会いたい。 でも駄目だ。 身分違いにも程がある。 それに、今は自分の事より世界の危機のために動かなくては。 オイラなんかの下らない感情に目を向ける暇なんて無いんだ。 今、この時も血を流している人も居るんだ。 駄目だ、駄目だ。 早くこの気持ちに蓋をしないと。 …会いたい。 我侭な欲は、蓋をしても止まる事はなく。 より一層、その色濃くなるばかりだった。 気が付いたら、ドロドロとした汚濁のような物へと変質していた。 会いたい。会いたい。 ごめんなさい、これ以上耐えられない。 苦しい。助けて。 何でこんなに苦しいの? 前は考えるだけで幸せな気分になれたのに、今じゃ。 酷く胸を掻き毟りたい衝動に駆られる程に苦しくなる。 オイラ、どうしたんだろう? こんなの変だ。 どうして?好きなだけだったのに。 こんなにも、泣きたくなるなんて。 こんなにも。 貴方を。 「嫌だ!!」 ギンジは頭を抱え、何度も首を横に振った。 駄目、駄目。 こんな独占欲なんて、大嫌いだ。 自分の言う事を聞かない自分も大嫌いだ。 こんな事なら知りたくなかった。 貴方の手のぬくもりを、知りたくなかった。 知ってしまったから、こんなにも苦しい。 それでも、触れて欲しい。 求めたい。 ずっと、ずっと触れていて欲しい。 出来るなら、この手で貴方に触れたい。 切り落としたい程、我侭な手。 それでも貴方を求める、手。 彷徨い続ける、哀れな手。 Cocco『わがままな手』より。 身分違いの恋って大抵、こんな結末っぽいよな、という感じ?; それでは、読んで下さって有難う御座いましたv
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