■純粋願望願い■

今にも無数の雫を零しそうな空の下。

風もなく、何もなく。
ただ立ち尽くす姿を、俺は静かに視界から外さないでいた。

正確には、何と無く外したく無かっただけ…なのだけれども。


無言で佇むジェイドの後ろ姿。
あの赤い目は今、何を映しているのかは何と無く感じ取れた。

…ジェイドは中々本心を巧妙に隠すから、いつも『何と無く』で理解するしかないのだけど。


ジェイドは強固で、脆い。
その矛盾に、違和感を感じさせないんだ。
どんなに立派に作られた物も、一欠片傷付いただけで全体が崩れたりする場合だってある。

まぁ、ジェイドなら欠けた部分があっても芯さえあるならどんな形になっても立ち続けるんだろうけれど。

…ボロボロな、姿になっても。


「…ルーク」
「え?あ、何…?」

ふと、気が付けばジェイドはこっちを振り返っていた。
長い髪は、揺れていない。

「何か私に用でも?」
「いや、その…何と無く」

ジェイドの目は深紅。
俺とは比較にならない程色んな物を見て、深みを増してきた紅。

辛い事も、
苦しい事も、
悲しい事も、
全部。


(……あ。…なんだろ、何と無く…泣きそうかも…)

その紅は綺麗で、悲しくて、胸の奥を腹底から締め上げてきた感覚を齎した。


ジェイドはさっきまで、多分レムの塔の方角を見ていたんだと思う。

それを知っていて、ジェイドの瞳を見た途端、俺は切ない気分に駆られたんだ。


「…宿に、戻りましょうか」
「……うん」

ジェイドは何かを押し殺したような、微かな微笑を浮かべて俺の背に優しく手を添えて促した。

その微笑は誰にも真似なんて出来ないくらい、切なさを齎した苦笑いに似たもので。


俺は、ジェイドに気付かれないように一生懸命、心の中で沸き上がる切なさに似た心地を押し殺した。



最期の時は。
せめて、その時だけは。


俺だけのジェイドでいて欲しいと…小さく願った。


『全てを引き換えにしても、それを望むよ』