■犬×猫×犬■


「ジェイド、ちょっといい考えがあるんだが」


そう言って手招きするピオニーに、ジェイドは溜息を洩らす。
どうせ下らない事だろうと完全に呆れながら。


「何でしょうか。」
「まぁまぁ、いいからこっち来いよ。」

妙に上機嫌に笑う相手に、とてつもなく嫌な予感がした。
そんな相手を警戒するように、ジェイドも負け地と最大限の作り笑いを浮かべながら近寄る。

それでなくても今忙しいのはこの人物が仕事をサボるせいであって、尻拭いをしているというのに。
下らない遊び相手までさせられるのは正直言って御免だ。


「陛下、下らない事でしたら――…ん?!」

注意を交えながら話し掛けると共に、口に何か放られた。
相手はにんまりと悪戯が成功した子供のような顔。


「……陛下、これは一体何でしょうか」
「ちょっとした余興だな。」

にこにこと笑う相手を軽く忌々しげに睨みつけるも、口に放られた錠剤は既に食道を通っている頃だろう。
潔く諦め、暫く体調変化を確かめながら待っていれば、次第に身体が疼くような感覚に襲われる。
今まで媚薬だの何だの盛られたことはあったが、この感覚は今までにない。
奇妙な感覚にただ黙って耐えていれば、不意にピオニーの顔がぱっと明るい笑みを浮かべた。


「お!やっぱりジェイドは猫だったかー!」
「…は?」

唐突に言われた言葉にジェイドは眉を寄せる。


「何を―……あぁ、そう言うことですか…」

ふと窓に視線を向ければ其処に映る自分を見て納得する。
やはり、下らない事だったと。

自身に、人間にあるまじき耳と尻尾が、生えていた。


「この薬、犬か猫かになるらしいんだが…人によって違うらしくてな。面白そうだから思いついたやつ等で遊んでみてる」

その口ぶりからして、自分の他に数人の犠牲者…もとい餌食が居るのだろう。


「因みにガイラルディアはさっさと逃げてしまってな。まぁアイツだから犬なんだろうが。」
「…もしかしなくても、アッシュとギンジも飲ませました?」
「勿論だ。丁度立ち寄ったからな、ついでに。」


ということは恐らくアッシュは猫だろうと予想しながら、ジェイドは特に耳と尻尾を気にせず本を手に取る。

別にこの室内を出なければ人目につく事もないし、まず自分はこの部屋で書類整理をする予定だったので特に支障はない。
何よりこの薬が永続的な効果を齎すとも考え難いと思ったからだ。


「それにしても…似合うな〜…」

上機嫌で背後から抱き締めるピオニーに、ジェイドは『やはりコレが目当てか…』と内心で毒づく。


「…陛下、明るい内からのお戯れは先日注意したばかりですよ?」
「堅い事言うなって。折角可愛い格好してるんだし…」

するりと伸ばされた手が、内股を這う。


「ジェ…「ここに居られましたか陛下!今日の午後は会議があると昨夜―」…ぐぁっ!!」

優しく耳元で囁かれると同時に、ドアから響くノック音と扉が開く音に反応したジェイドはピオニーの鳩尾を肘で殴り
その身体を引き剥がす。

「陛下、サボりはいけませんよ?」
「〜…!わかったよ…後で覚えてろよ、ジェイド…」

腹部を抑え、痛みを堪えるピオニーに微笑み向けながらそう言うと、ピオニーは恨めしそうな声で一言そう告げ、
そのまま執務室を後にした。


「…ふぅ。さて、どうしたものでしょうか…」

誰も居なくなった部屋で一人、窓に映る自分の姿を不快そうに眺める。


このふざけた出で立ちをどうにかしなければ。




コンコン。


「?はい。どうぞ」

そうこう考えていると、突然扉から響いた控えめなノック音。


「失礼します…少々お時間は―…大佐も被害に遭われましたか…」
「おや、少将もですか?」

お互いの姿を見て、互いは失笑にも似た苦笑を浮かべる。
どうやらフリングスは犬になったらしい。
やや尖り気味でダークブラウンの耳がぴくりと動いている。

軍の犬という言葉は軍人である自分達に似合うとは思っていたが、フリングスは犬の中でも血統書つきで忠犬タイプの
犬になったようだ。…正直、かなり当て嵌まる。


「貴方ならば対処策を知っているかと思いまして足を運んだのですが…」
「すみません。私もこの薬の成分は知らないのです…。と、もう一人…?」

ふと視線を少し後ろへ向ければ長身であるフリングスの影に、もう一人居る事に気付き背後を覗くと其処には白い耳と
ふさふさの尻尾を持った人物―ギンジ―がいた。


「……因みに、一番最初に被害にあったのは彼のようです」
「…はぁ、あの人は本当に見境なく…」


ジェイドは盛大に溜息を吐き、重たい頭に頭痛が追加された気分だった。


「…困りましたねぇ…」

腕を組み、暫く自分達の姿を眺める。
別に姿だけならばいずれ戻ると思えばそこまで気にしないのだが、問題は他に有る。

自分はまだなったばかり。

だが、一番最初に餌食に…もとい、被害にあったギンジを眺めてはフリングスとジェイドは苦笑するしかなかった。



見た目は人の姿に耳と尻尾。
だが、何かがおかしい。

数分前までフリングスとジェイドが効果について話していると、ギンジは暇を持て余したのか窓の外を眺めていた。

春の陽気に誘われたのか、心地よさそうに目を細めるギンジ。うとうととしながら尻尾を揺らしている姿を見て、
思わずフリングスが微笑み近寄る。

と、その瞬間。

「!?」

ギンジは寝惚け眼でフリングスに飛び掛り、その細い尻尾を口に咥えた。

あむあむと噛む仕草は、まるで尻尾にじゃれつく犬。
そして一頻りそれを堪能しながら尻尾を揺らしていれば、突然我に返ったようにギンジは飛び起きた。

「…あ、れ?オイラは今何を…」

「………」
「…もしかしたら、この薬は動物の本能をも疑似体験できるようですね…」

今のギンジの行動は明らかに人間ではなく、子犬がじゃれつくような動き。

冗談ではない。
そう思ったジェイドは何か解決策を見出そうと思い、本を取ろうと手を伸ばす。


「あの、大佐…」
「?どうしまし…、…少将?」

本を手に取った瞬間。
突然フリングスが弱々しい声を出しながら凭れ掛かってきた。
明らかに、様子がおかしい。


「すみません…、どうやら私もそろそろ理性が怪しいよう、です…」

そう言った彼の声は軽く熱を持っている事から、ジェイドは数秒遅れて事態を察する。


これはどうみても、アレ。


「…仕方ありません、か…」


そう小さく呟いて、ジェイドは頭を抱えて本日何度目の溜息を盛大に吐く。
勿論、事の元凶に対してのお仕置きは必要だと思いながら。


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裏も打とうと思ってたけれど、裏だけボツった(笑)
因みにイメージした犬種はフリングスはドーベルマン、ギンジはポメラニアン…いや、雑種だ!ギンジは雑種が良い!!!(何笑)

この後三人でにゃんにゃんわんわんすると良いですよ(爆)