■Warm daily life■


「―と、言うわけで今日から暫く節約します!」


平凡な一般人から見れば、日常とも言い難い日常が自分達の当然になりつつある日々のとある一日。
腰に手を宛て少しばかり眉を吊り上げて、ギンジは声を大きめに出して宣言した。


…恐らく半ば強制的にでも実行するという意思を見せているのだろう。
そしてそれを自分だけではなく周りにもさせるという意思も。


「ノワールさん達もですよ?お風呂の水出しっ放しとか駄目ですからね!あと、アルビオールで寒い地方に
行く時もあまり暖房器具を使わないので寒いなら厚着して下さい。服を用意できてないなら貸しますから」

「随分と唐突だねぇ…。ま、操縦士がそう言うんなら仕方ないさ。」


いつもとは違いやる気満々なギンジに、ノワールは苦笑交じりながらもどこか楽しげに承諾した。

普段ならばギンジはノワールにはそこまで強く言わないからだ。
それに、割と気配り上手なギンジをノワールは結構気に入っている。
少し協力する程度ならば全然構わないのだろう。


「ウルシー、ヨーク!わかったかい?」
「へいへい。了〜解。」

ノワールの一声無しでも二人も了承していたのか、それとも諦め半分なのかすぐに頷いた。

「アッシュさんも良いですか?無茶ばかりしてグミを乱用しないで下さいね?」
「…お前も俺が少し怪我した位で包帯とか使いまくるんじゃねぇぞ」

少しだけ身長が高く、少しだけ年上だという事を示しながら正論を述べる相手に、アッシュも反対する理由が無い。
だが、何だかプライド的な問題もあり、少しだけ反論した。

「それは必要だから使うんです。そこを節約してどうするんですか!」

だが、それも無駄なようで。
自分から見れば些細だと思う切り傷なども、ギンジはわざわざ医学書引っ張り出して治療しようとする。
しかも普段は遠慮がちな癖に、こういう時だけ強引だ。


何時の間にか、平凡な一般人のペースに自分達は取り込まれている感覚は否めない。

反論も出来ず、「勝手にしろ」とだけ言い返すとアッシュはそこから離れるべく踵を返した。


「ふふ…アッシュ坊やもこの子には随分と弱いみたいだねぇ。」
「……煩ぇ」

擦れ違いざまに含み笑いを浮かべたノワールにそう言われたアッシュは軽く視線を向けた後、一言そう呟いて
機内にある自室へと戻った。



正直、苛立つ事も怒鳴る事もする気があまり起きない。
事実、自分達はギンジに弱いと思う。

自分達とは違い、戦う事も出来ない平凡な一般市民。
本当ならばシェリダンの街でつい先日街中であった戦いの傷跡を、祖父や知人を亡くした傷を癒している筈なのに。

操縦技術がシェリダンで一番だという事と、ルーク達と旅をしていた妹を休ませる為、残された最後の家族を危ない
所へ行って欲しくないという兄としての思いなのだろう。
ギンジはアルビオール三号機の操縦を名乗り出た。

ギンジの祖父の友人、アストンの言う所によると、アルビオールの飛行実験の際に身体を痛めていた傷も癒えたばかりらしい。


自分達はそんなギンジに戦い以外を任せているのだ。
可能な範囲ならば従わないわけにはいかない。


それに、ギンジはあまり言わないが燃料の費用や補給する時間もあまり無いこともあり、いつ緊急事態に陥るか
予測できない為に今までも懸命にやりくりしてきている。表立って節約を宣言するということは、最近補給できていない
事もあるからなのだろう。


(別に俺は2、3日くらい食べなくても平気なんだがな…)

軍人として訓練していた時はそれくらいはよくあることだ。
ギンジと同行する以前もそうやってきた。

だが、ギンジは頑なに食事と睡眠を摂らせようとする。
情報を交換しにくるノワール達にもだ。


食卓で交わされる雑談。
温かく栄養を考えられた食事。
普通の家庭では一般的に見られる光景だが、自分にはとても新鮮で。
バチカルの屋敷に居た時も、ダアトに居た時も無かったから。


「チ…ッ。調子狂わされちまってるな…」

アッシュは舌打ち交じりにそう呟くと、仮眠用の簡易ベッドに身を沈めさせ眠りについた。



+++

深夜。

ふと肌寒さを感じ目を覚まし窓から外を眺めれば、ケテルブルクに近い土地だからか外は吹雪だった。

時間を見れば23時を過ぎたところで。
いつもならばノワール達が来ている時は酒盛りでもしている時間だ。
その声が聞こえないという事は、恐らく連中の目的地へとギンジが送ったのだろう。

いくら自動操縦でも、猛吹雪の中では操縦は危険だ。
ギンジも安全だと思う場所に機体を停泊させ、もう休んでいる頃だろう。

シン、と静まり返った機内。
聞こえるのは吹雪の音だけ。

だが、ふと耳を澄ませば。
廊下を静かに歩く音が聞こえ、次に遠慮がちに扉を開く音。

この扉の開け方は時々聞き覚えがある。
仮眠の際、自分を起こしに来る時のギンジがたてる音だ。


「どうした?」
「あの…アッシュさん、寒くないですか?」

身体を起こし相手に声を掛ければ、ギンジは寒いのか自分の布団に包まりそこに立っていた。
そして包まっている布団が落ちないようにゆっくりとした動作で近くにあったストーブの火をつけている。

「流石にこの吹雪の中じゃ、ストーブをつけないと凍死するかもしれませんし…でも節約しないといけないので…」
「ここで寝るのか?」

布団を持ってきたということはそうなのだろう。
アッシュは仕方ないと言った様子でベッドを空け渡すために降りようとするが、慌ててギンジはそれを制した。


「だ、駄目ですよ!風邪どころか肺炎になっちゃいますよ?」
「お前がそこのソファで寝たらお前がそうなるだろうが。」
「だから、こうしましょうか」

何かを思いついたのか、ギンジはベッドに乗るとアッシュの横に潜り込んで横になった。


「………」
「寒い日は仕方ないです」
「…はぁ」

呆れたようにギンジを見れば、ギンジは苦笑を浮かべながらそう言った。
確かに、人間の体温は温かいしストーブも一つしか使用しないから節約にもなる。
かと言って男二人が狭いベッドで一緒に寝るというのは些か色気もないし、むしろむさくるしい光景だろう。


だが、ギンジなりに色々考えたのだろう。
確かに変な意地を張って、凍死はしなくても風邪は免れない寒さの中で眠るよりはマシだ。

アッシュは短く溜息を吐いてそのまま自分も横になる。


狭いベッド故、互いの身体が触れる。

触れた所から、互いの体温が感じられる。


何故だろうか、殆ど嫌だとは思わない。
普段ならば他人と触れるのは嫌だと思うのに。


ギンジは絶対に自分を裏切らない。
自分に危害を加えないと信じているからだろうか。
それが絶対だという証拠も根拠も無いのに。
そこまで長く一緒に居たわけでは無いのに。

警戒を怠らない日々を送っていたからか、他人のぬくもりに安堵する事に抵抗を感じながらもこの温かさは不快じゃない。

相反した感情が胸の中に渦巻く。



ふと、横を見ればギンジは既に寝息を立てていた。
寒いのか、時折身を寄せてくる。
渦巻いている感情が無性に矛盾した感情へと変わり、胸の奥を荒らしては安堵させる。


「チッ…」

言いようの無い感覚に、アッシュは降りていた前髪を掻き上げた。


戦える程の力も無い、ただ自分が行きたい場所へと操縦をしてくれる人間と思っていた存在なのに。
何時の間にか、自分の中で特別になりつつあるだなんて全くの予想外だ。

そして、これが自分の日常になりつつあるなんて。
命の危険など当然の世界で生きてきたというのに。

甘さは自分を弱くさせると知っていながら、この存在から離れる気が沸いてこない。
じわじわと狂わされていく感覚が不快で堪らない。



それでも、手放したくないと…思った。

この目の前の安らぎと呼べる日常を、一時でもいいから浸っていたいと、思った。


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寒かったので温かな小説でも、と思い打ってみたり。
正直、自分が癒されたいだけです(笑)
でも読んで下さって何だかほのぼのと温まって頂けたなら嬉しいです♪

当初は裏にまで話を持ち込もうかと思っていましたが、それだとこのほのぼの感が崩れちゃうな〜と思い止めました。
ってかホントはこの小説、ギャグ混じりの予定だったんだけどなぁ…;ギンジの尻に敷かれるアッシュ的なこと打ちたかったです(笑)

…よくよく考えたらもしかして私、裏でアッシュとギンジでほのぼのするERO打ってないような…?;;

まぁいいや(笑)