■指きり■


『貴方のためになら、死ねると思った。』



相手に、告げたわけでもない。
声に出して、言った事も無い。

でも、でも。


自分が。
相手が。

そう、思っていることは確かに知っていた。伝わっていた。

ただ、黙って二人。
横に並んで目も合わせずに。
ただ、手を繋いでいた。

空から散らばり落ちる雪を、見ていた。


…それだけ。



「…私が言うのもおかしな話ですが…勝手に死なないで下さいね。」
「…うん…」

本当に、身勝手な話だ。
彼の命で世界が救われるのならば、私は『死ね』と同じ事を告げるかもしれないのに。
その可能性があるだけで、酷い話。
冷たい。

そしてルークも。
自分の命で世界が救われるのならば、選ぶだろう。自分の死を。
それなのに、彼は「死なないよ…俺は」と言う。
頼りなく、迷いを含んだ声色で。私を裏切るかもしれないという悲しい瞳で。
酷い、冷たい。

私たちは結局、こうして隣にいても誰よりも離れている。
誰よりも…互いを裏切っている。

でも誰より、互いを思っている。
自分が裏切ってしまったら、相手がどれ程傷つくか。知ってる。

なのに、私たちは『約束』した。
言葉で、約束した。


そして、相手の為に、自分の全てを捧げることも。
言葉ではなく手から伝わる、相手の体温を通じて。鼓動を感じて。



『貴方の為になら死ねると、思った』



「…ルーク」
「な、何?ジェイド」

そっと、その緋色の髪に手を伸ばし。
その頭を両手で包み。
瞳を閉じて、その額に自分の額を重ねた。


「暫く…このままでいさせて下さい…」


『死なないで』
『約束を、守って』


『私を、一人にしないで』


その気持ちを口に出来なくて。
自分は、その言葉をしてはいけないから。
だから、額を重ねて。
肌を触れ合わせて相手に伝えたかった。

誰が聞いてるわけでもない。
だから、いいかもしれないけれど。

でも、いけないことだと、思う。
決して、声に出していってはいけない。
心に染み込ませてはいけないから。

だけど、そしたらこの想いはどうすればいい?
自分の中で溜めて、放置しておくには大き過ぎて。
どんどん大きく荒波を作っては、渦を巻いているくらい。
だから、せめてこうして。

声に出さずに、伝えたかった。
本当は、伝わってはいけないのだけれど。


ああ、それでも。


「ジェイド…泣くなよ」
「?私は泣いてなどいませんよ?」

額を合わせたまま、閉じていた瞳を開いて視線をも重ね合わせる。
視界は揺れてもいないし、頬を伝うものもない。
その事実は、内心自分の冷たさを肯定してるようで悲しくもあったが。

「嘘。…そんな顔して説得力、無いぜ?」

ルークはくしゃりと小さく苦笑し、ジェイドの頬を自分の両手で包んだ。

二人して、同じ格好。
少し違うのは、ルークが少しばかり背伸びしてるだけ。

「…大丈夫、だから」


ああ、また嘘が。

優しい、冷たい、心を縛る、酷い嘘。


「…はい」

その言葉に、再度目を閉じて頷く。


嘘。嘘。

嘘の上に、重ねる嘘。

心を見られたくないから、眼を閉じた。
お互い、それを知ってる。
嘘つきなのを、知ってる。

この約束は、果たせずに終わるだろう。
言葉で交わした約束は、空気に溶けて消えてしまうものだから。


「…好きだよ、ジェイド。だから、俺を信じて?」
「………はい」


言葉の儚さを。
現実の冷酷さを知っているから。
不覚にも、泣きたくなりそうになった。


「…ジェイド」
「…はい?」

不意に名を呼ばれ、目を開ける。

緋色が近づき、唇に触れた体温。

そして、頬を包んでいた手は、大きく伸ばされ頭を包んだ。

…抱き締められた。


「俺は…嘘つきになんかならねーからな…」
「……ッ」


ああ、ああ。

言葉なんて苦手だ。
声に出したら儚く消える癖に。
記憶から風化すれば、その存在は消えてしまう癖に。

耳を擽り、脳に染み込み、心へと響かせる。

言葉から生まれでた響きを感情に変えて、刻み込む。


その痛みが、どれだけ胸を締め付け、切なくさせるか。


だから、言葉に出すのは嫌いなのに。

「……ルー、ク…」

心が揺さぶられれば、渦を巻いているものが出てきてしまうではないか。
辛いから、その辛さに自分だけは目を閉じていなければいけないのに。


声が、震える。

自分らしくない。
冷静さも、落ち着きも無くしている。
一番、冷酷な現実を口にしなければいけないのに。

揺さぶられ、震えている。

たった一言。それだけなのに。


声に出ない言葉達が、雫となってこの紅い瞳から零れそうになる。


「……っ」


いくら唇を噛み締めていても、自制しても。
一度溢れ出したものは止まらない。

ぼろぼろと、無様にも。
子供のように声を出す事は決してしなかったが、涙が止まらない。

自分は、こんなにも脆い存在だったのだろうか。

「…ジェイド…」

強く、頭を抱き締められた。
馬鹿ですねぇ、さっきからずっと背伸びしてるからその体勢はきついでしょうに。

一番馬鹿なのは、自分が泣いている事だけれど。

だけど、もっと。
沢山、抱き締めて欲しい。
長く、触れていて欲しい。

言葉に出来ない感情が、体温を通して相手に染み込めばいい。
その心にも、身体にも、全て。


自分は、残酷で、臆病だから。
こうするしか、気持ちを伝えようとすることが出来ないから。





「随分、冷えてしまったなー…」
「そうですね。雪見をするなら、もう少し温かい格好をしなければ」

宿への帰り道。
並んで、手を繋いで。
人通りのない道を、歩いた。

しっかりと、互いの手を握り締めて。

帰り着いて、離れるまでに。自分の中にある感情をどれくらい伝える事が出来るだろうか。


交わした約束は、果たせる事が出来るだろうか。


そっと、心の中で指切りを交わした。

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ルクジェと言い張ってみる。(ぁ)
一青窈の『指きり』がイメージソング。聞いて下さればわかるとイメージが伝わると思うよ!(何様)

最近ジェイドが愛しくて仕方ない月間に入りました〜。
ちくしょ…変幻自在だぜ、この女王は(笑)